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久々のロンドン、久々のVdGG 

 これといったイヴェントも無いまま過ごしていたら早5月になってしまった。今年の5月にはロンドンでヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターの再々結成コンサートがある。で、行って来ました。

2005VdGGticket

 しばらく海外には出ていなかったので今回は十数年ぶりのロンドン訪問になる。
私の知っているロンドンは70年代の労働党政権下のイギリスで、「揺りかごから墓場まで」の有名なスローガンのもと福祉国家を目指していた頃だが、給料の半分近くを税金に取られ常にどこかでストライキが行なわれていたのが実情だった。ただ年金や失業保険等の社会保障が施行されていたので例え穴の開いたボロボロのセーターを着ていても人々はどこかのんびりしていた。79年末から80年代にかけ保守党が政権を握りサッチャーが「鉄の女」振りを発揮し福祉、教育を削り徹底した資本主義を導入したため貧富の差が広がり人々の心は保守党から離れていき、サッチャーの後を継いだメージャーも一期務めただけで政権は労働党に移ってしまった。再び福祉、教育に力を入れ始めた労働党党首のブレア首相だが丁度ロンドン滞在中に総選挙が行なわれ、議席は減ったものの労働党が三期目に突入した所だ。
 で、十数年ぶりのロンドンは……街が小奇麗になっていた。新しい高層ビルも数多く建ち、古びた鉄道駅舎も店舗が居並ぶファッション・ビルに変身し、たばこの煙臭くスス汚れた地下鉄も車両は新しく木のエスカレーターは姿を消し鉄骨むき出しのリフト(エレベイター)も見あたらなかった。しかし物価は高い。ホテルも食事も交通費も。ヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターのTシャツが会場の物販で約3300円、フード付きのパーカーは約6500円。ちょっとお土産にという値段ではなくなっていた。
 話をコンサートに戻そう。とにかく世界中からファンが集っているとの情報を得ていたので早めに会場のロイヤル・フェスティヴァル・ホールに行った。2時間程前なのだが場所は確保しているもののまだ物販の店は開いていない。カフェでピーター・ハミルの日本でのオフィシャル・ウエブサイト「inVerse」のマスター宮崎氏と少し話していると側を赤いベレーを被ったクリス・ジャッジ・スミスが通り過ぎて行った。この日の昼間他の場所でCJ スミスのミニ・コンサートがあって宮崎氏も見てこられたそうだ。(詳細は宮崎氏のブログ http://inVerse.exblog.jp をごらん下さい)
2005CJS

ロビーを見回すとかなり人が集まり混雑してきた。そうこうしている内に物販も始まりすでに黒山の人だかりがしている。急いで人をかき分けTシャツをゲット。Tシャツは全部で4種類。他、フード付きのロゴ入りパーカー、キーホールダー、ピンバッジ、ポスターが売られ皆飛ぶように売れていた。
 ホールもオープンしたので会場の中へ。席はやや左寄りの前から3列目を確保していたので真ん前にヒュー・バントンが来るが、彼の陰になってドラムスのガイ・イヴァンスは見えづらい位置だ。

2005VdGGhugh

開演のアナウンス、続いて会場が暗くなると同時にどよめきと歓声。バンドがステイジに現れる前から既に興奮状態だ。ン、何かがおかしい? いつもと違う???! メムバーの姿が見えると同時にプレス、それとカメラを持ったファンがステイジ前に殺到。入場の際カメラも録音もノーチェックだったので皆が持参したカメラのフラッシュを一斉にたいたものだから目も開けていられない程だ。1曲目が始まってもこの状態は収まらず係員が出てきて事態を収拾したのはもう2曲目が始まっていた。

2005VdGGhammill

ステイジ上では久々に本当に久々のVdGGなのに、紛れもなくハミル、バントン、イヴァンス、ジャクスンの4人が30年前の音そのものを目の前で演奏している。これが感激せずにいられようか。選曲もまるでヒットパレードの様に初期のアルバムから4人揃っての最後のアルバムとなる「WORLD RECORD」まで人気のある曲ばかりが次々にプレイされてゆく。彼等のニューCD「PRESENT」からは2曲しか演奏されなかったのが意外だったが、最近イギリス・ヴァージンからVdGGの初期のアルバムから順次にCDが発売されているのでそのプロモーションも兼ねていたのかもしれない。

2005VdGGjaxson

バンドにインストルメンタル・パートを任せハミルは伸び伸びと声を張り上げ、またバンドがイムプロヴァイゼイションをプレイしている間はハミルが拳を振り上げリズムを取りながら舞台をウロウロ動き回るアクションを久しぶりに見られたので嬉しかった。ジャクスンは或るときはフルート、或るときはダブル・サックスと次々に持ち替えてプレイし、イヴァンスはバタバタとせわしなげにドラミングし、そしてバントンは微動だにせず涼しげにただ指先だけを目まぐるしく動かせキーボードを弾いている。

2005VdGGguy

少し残念だったのがミキシングのバランスが悪かった事だ。エンジニアほか昔のスタッフを呼び集めていると聞いていたが、初日なのでまだ勘が戻っていなかったのか後半になるとバンドの演奏にハミルのヴォイスが負けてしまっている部分もあった。しかしこういった事は場数を踏んでいく度に改良されていくので問題は無くなるだろう。(各曲それぞれのライヴ・レヴュウは宮崎氏の「inVerse」、isshee氏の「Iの飲んだくれ日記」にも詳しく書かれているのでそちらも読んでみて下さい。)

2005VdGGguy

が、やはり何かがおかしい……VdGGではなくオウディエンスの方がだ。曲が終わるごとの大喝采とスタンディング・オベイション。この仰々しい程の熱狂がどこか上ずっているのだ。だがそれも仕方の無い事。つまりこの夜のオウディエンスは殆どがイギリス以外の国から来たファン達で占められしかも彼等はVdGGをCDで聴いてはいてもライヴは見た事が無いと思われるからだ。彼等はVdGGを生で見られるという事実だけでライヴを見る前から既に半分いやそれ以上興奮し満足している。見回してみても30代~40代層が多い様に思われ、しかもカップル、または家族連れで来ている風で、つまり各国からイギリス旅行を兼ねてVdGGを見に来ている観客が多いという事だ。(そして私もその中の一人です。)

2005VdGGgroup

2時間程でショウは終わり熱狂の中アンコールは「キラー」そして「ワンダリング」。4人の年齢、体力を考えてもこれ以上の演奏は望めまい。会場にライトが灯されても皆去りがたくロビーは混雑を増すばかりなので私達は早々に引き上げたのだが、後で宮崎さんに聞くとバックステイジには200人程訪れていて異様な状態だったそうです。
 ヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターはこの後イタリア、再びイギリス各地、そしてヨーロッパと次々コンサートを追加しているので多分今年末か来年あたりには来日してくれると思う。その時は是非ヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターの「生」をその目で見て下さい。70年代に身も震えんばかりに感激しながら聴いたヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターが30年の年を経て再び甦り動き出しています。



horike misako/堀家美沙子


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